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2020年4月

 今年1月、パリ国立高等音楽院を受験するためにフランスに向かった。それまで海外経験のない自分にとって海外の音楽院を受験することはとてつもない冒険で、当然合格する自信もあるわけではなく、大学院を修了するタイミングで一度旅をしよう、といった具合の心持ちだった。

受験準備も間に合っていなかった。受験を決意したのは前年8月ごろだったが、修士課程を今年度限りで修了すると決めていたために、夏から1月頭にかけて修了作品、修士論文、ミクスト作品(電子音響と器楽を組み合わせた作品)の3つの大きな課題に取り組む必要があった。3章構成で書くと決めていた修論の第2章を書き終えたのが9月末。10月から11月中頃にかけてはミクスト作品の電子音響パートの制作。それから12月上旬までに修作。修作の提出直後からミクスト作品に再びとりかかり、仕上げ&試演。そして12月下旬から修論の第3章を書き始め1月7日に提出。提出直後は夜通しの作業が祟りインフルエンザを発症。ようやく受験準備に集中できるようになったのは出発10日前くらい。

 パリ音楽院作曲科の試験は独特である。全体で4回の選考(プレ選考+本選考3回)があり、それぞれにおいて異なる試験を行う。プレ選考では事前に送った作品の楽譜と音源に基づいて審査が行われ、それに通過することで初めて現地で試験を受ける資格が得られる。現地での選考の第一段階はソルフェージュの試験で、音程の聴き取りやスコアの移調などが試されるもの。次の第二段階では様々な音源を聴いてそれについてのコメントを書くという、楽器の音色や様式の歴史的変遷などの知識が問われる試験と、それから12時間缶詰になり1曲仕上げるというエクリチュールの試験。そして最後の第三段階では、与えられた楽譜を30分間予見し、それについて審査員の前で最大20分間プレゼンテーションを行うという楽曲分析の試験、それから審査員との面接を行う。

 このように盛りだくさんな試験内容を前にして、その全てに入念な対策をと意気込むことは、渡航前に大学院のいろいろな課題を済まさなければいけなかった自分にとっては甚だ困難なことで、何とかなると開き直っていなければとても正気ではいられなかった。ただそれにしても、準備が間に合っていなかった。パリに向かう飛行機の中で、出発前の荷造りで気まぐれに鞄に入れたメシアンによる楽曲分析の本に目を通しながら、度数や和音の言いかたなど非常に基本的な言葉を初めて覚えた。

ソルフェージュの試験では、まず最初に音高の聴き取りを行なった。一音ずつゆっくりと、何回か繰り返して弾いてくれる。これは簡単。次は音程の聴き取りで、2つ~4つの音が同時に鳴らされる。これもまあ簡単。次は2声の聴き取りで、これもまあなんとかなる。しかしつぎのリズム聴音がひどかった。音高ではなく、演奏されるリズムを書きとればよいのだが、どうやら演奏のテンポが定められていなかったようで、試験官がその場で直感的にテンポを演奏者に伝えていた。そしてそれがやたら遅かった。四分音符=40くらいだっただろうか、非常に遅いテンポで、一拍のなかに32分音符がたくさん詰め込まれるような、そういう課題だった。このほか、フルスコアを読解する問題と、リゲティの木管五重奏をサクソフォン5重奏に書き直す問題が与えられた。全体として出来に自信はなく、この時点での不合格も覚悟していた。

運良く進むことができた次のコメント試験(commentaire d’écoute)では、5問ほど時代の異なる音楽が出題された。古いもので(おそらく)ルネサンス期の合唱、新しいもので(おそらく)初期電子音楽が出題され、非常に時代の幅が広かった。1問、(おそらく)ラッヘンマンの室内楽について使われている奏法を答える問題があり、他の問題であまり充実した回答ができていなかった僕は必死で考えられうる限りの奏法を書き回答用紙を埋めようとしたことを覚えている。

その2日後に行われた缶詰試験では、試験中に摂る食料を持っていく必要があった。しっかりパワーをつけるにはやはり米だと思い、前日に中国系スーパーに出向き日本米を調達した。炊いた米に冷凍の穴子の蒲焼きを乗せて穴子丼だ!と張り切っていたが残念なことに当日箸を忘れてしまった。それでも合わせて持ってきていたサンドイッチと菓子パンをお供になんとか書き切ることはできた。実際のところ12時間ほとんど休まず筆を動かし続けていたので、箸を持って優雅に穴子丼を食べている余裕はなかっただろう。

第二段階の結果はその翌日の夕方5時にメールで発表される予定だったのだが、予定の5時になってもなかなかメールが来ない。不合格を覚悟しながら20分ほど待ち続けていると、とうとう音楽院からメールが届く。読んでみると、結果発表が明日の午前に延期されるという。結果を知らされないまま宙吊り状態で一晩待ち続けたこの日が、試験全体の中でいちばんしんどかった。

翌朝11時ごろにようやく結果が知らされ、その日の13時に楽曲分析の試験を受けに行くことになった。非常に急である。課題として(題名を隠されて)出された問題はドビュッシーのチェロ・ソナタの終楽章とホリガーのロマンサンドルの第3曲だった。ホリガーのほうは当時題名こそわからなかったものの、ホリガーの作品であることは楽譜から読み取ることができた。30分の予見中、必死に原稿を書いていると試験官のかたが部屋に入ってきて、提示された設問(分析の観点を指定するもの)のうち最初の設問を省略すると知らされた。最初の10分くらいが水の泡になっただろうか。その後の発表でもいろいろあったもののなんとか終了。

そしてそのさらに翌日に面接が行われ、試験を一通り完遂することができた。最終的な合格発表はそのしばらく後に審査員の口から直接伝えられた。その場で審査員の方々から講評を聞くことができ、語学の重要性についてかなり念を押され、9月からの同級生(2人!)とも簡単に挨拶を交わし、なんとなくまっすぐ帰りたくなく近くのシテ・ドゥ・ラ・ミュジックに寄ってCDを3枚買った。

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4月からは首都圏にそのまま留まりバイトして語学学校通っていろいろ旅して、と妄想していたものの諸々の事情により富山へ帰ることに。

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インターネットの将棋中継を見ている。対局はインターネット上で行われ、対局者や解説者はZOOMで参加。ひとつの画面上に対局者2人、解説者3人、盤面の画像が並んでいる。6つの画面がひとつに集まり将棋番組として生放送されている。 同時に、スカイプでビデオ通話をしている。ブラウザの隣にビデオ通話の画面を並べている。将棋中継とビデオ通話の音声が同時にイヤホンに流れ込んでくる。ビデオ通話の相手に電話がかかってきた。ハンズフリー機能を通して、電話の向こうの相手と会話ができる。電話とビデオ通話を二重に介した会話。画面の中でいくつもの現実が積み重なっている。