先月の記録

月一回の更新を目標に日記を書きます。

2022年10月

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パリからジュネーブへはTGVで3時間ほど。16時からのウェルカムセレモニーに出席する必要があったため10時台発の列車にのり、13時半ごろに1週間お世話になるホストマザーと合流し、アパートに荷物を置き、それからゆっくりと会場に向かえばよいという余裕のある完璧なスケジュールであったはずがパリの自宅を出る際にいろいろもたついた結果コンクールで着ようと思っていた少しおしゃれなセットアップを忘れて出発してしまう。夏に東京で買っておいたやつ。別の服も一応持ってきてあったので大事には至らないけれど、着たかった服が着れないというのは何とももどかしくて、ショックをしばらく引きずってしまう。しかしホストマザーはとても親切な方で、アパートも広くて窓からレマン湖が見渡せる素敵なお部屋で、セレモニーで出会う人たちもみな優しく、感激感激で元気を取り戻しました。

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朝からインタビュー2つと午後は自動演奏ピアノのための作品のリハーサル。コンクールのファイナルの数日前に行われるオープニングコンサートでは、過去に作曲した室内楽作品を2曲発表することになっていて、今日はそのうちの1曲、自動演奏ピアノと電子音響のための作品のリハーサルが行われました。僕がジュネーブに到着する前に1度リハーサルしてくれていたということだったけれど、いろいろと不測のトラブルが起きなかなか全体を通せず。それでも最後には何とか問題が解決して一安心。

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オープニングコンサートのリハーサル2日目。今日は6人の奏者のためのアンサンブル作品のリハーサル。この曲は今年2月にパリで初演したもので、そのときは現代音楽の演奏経験豊富な学生に演奏してもらったけれど、今回のアンサンブルは10代の人も混じっているようなとても若いアンサンブルでびっくり。しかしだいぶ前から稽古を重ねてくれていたようで、そのことが一聴して分かる出来で感激。

一方で、コンクールの特別賞のひとつである学生賞に関して、音楽学の学生から送られてきた作品についての質問表に答えなければいけないが、なかなか進まない。作品をどういう出発点からどういう手順で作っていったのかという制作の実際的な手法について尋ねられて、答えに困ってしまう作曲家は他にも多いだろう…。

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午前はまず映像の撮影。ファイナリスト3人で公園や旧市街を歩き、その様子を周りから撮影されるという経験の全くない類の体験。カメラの前で歩くって難しいですね。またこのとき初めてコンクール作品が演奏されるホールに入り、非常に響きやすいホールであることを確認。午後はオープニングコンサートのゲネプロで、特に自動演奏ピアノのための作品は、ホールでの初めてのリハーサルだったため、時間のないなかでいろいろと調整に苦労する。コンサートでは他の作品も含め計6曲を聴き、他の作曲家の作品に関してはどの曲も完成度が高く、音楽の意図がはっきりとしている印象でした。自分の曲も素晴らしく演奏してもらえて(自分のエレクトロパートのミスはあったにせよ)、とてもよい演奏会となりました。

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そして今日からはうってかわって、コンクールのためのよりシリアスなリハーサル。ただし今日のリハーサルは与えられた時間が短く、さらに歌手の1人が事情により遅れて到着するなど、あまり満足のいく成果は得られず。またこのときほか2人の作品も初めて聴き、その充実度に正直なところ驚きました。やはり100作近くのなかから選ばれただけのことはある…などと人ごとのように感心してしまっていました。

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しかし感心だけして終わってしまってはもったいないというか、自分も出来る限りのことはしなくてはいけないので、初回のリハーサルの録音を繰り返し聴き、今日のリハーサルでいかに効率よくわかりやすく自分の意図を伝えるか作戦立てました。特に丁寧にリハーサルしたい箇所を3つ選び、リハの最初にまずそこを歌ってもらい修正することで、全体のまとまりがぐっと高まったように感じました。また今日のリハーサルは本番の会場で行われましたが、素晴らしい響きのホールを歌手と自分だけで占有する体験は非常に贅沢で印象的でした。

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コンクール当日になるとやることがあまりなくなってしまうもので、作曲家がじたばたしていてもしょうがないので、ゲネプロに立ち会った後はカフェで次の作曲に取り組もうなどと考えるもやはりどことなくそわそわしてしまいあまり作業が手につかず。会場に戻ると控室に他の2人もいて、そのことを話すと今日作曲するなどとんでもないという感じでした。またこのときインタビュー映像が完成したことを知らされて、恥ずかしいので自分では見るつもりはないなどと突っ張っていたら各曲の演奏前にそれぞれの作曲家のインタビューがホールで放映されることになっていて天を仰ぎました。演出としてはおもしろいと思いましたが。

各曲の演奏の印象はとても強く残っています。Cservenák作品の非常に均整がとれたエクリチュール。シェルシへのオマージュである微分音程の楽章は、演奏が非常に難しいに違いないですが、この上なく美しかったです。Kim作品はやはりなんといってもポリフォニックな書法の追求が印象的で、テキストに縛られない(用いない)自由なシラブルの活用と相まって、楽譜からだけでは想像できないような非常に豊かな響きがしていました。こういう2曲に挟まれて自分の曲がどのように受け止められたのか、自分では想像が難しいですが、響きが豊かなホールで、素晴らしい演奏家と高い集中力をもった聴衆に恵まれていた時間がただただ印象に残っています。

演奏された3曲はYouTube上で視聴可能です。

その他演奏家や審査員(憧れの作曲家!)と話しができたことや現地の友人と会ったことなど書き出すとキリがありませんが、この上なく楽しい贅沢な日々でした。